13年ぶりに児童精神科の元主治医に会いに行ったら、私のことなど全く覚えていなかった。

私は中3から20歳まで5年間、とある大学病院の児童精神科にかかっていました。根気よく通った末、病気は善くなり、ついに児童精神科を卒業。一応念のためにと、主治医に紹介されたとあるクリニックを一度だけ受診して以来、メンタルヘルス系の診療科とは縁なく過ごしていました。ところがこの度、小2の長女の育てづらさに頭が禿げ上がりそうになり、13年ぶりに児童精神科の門を叩くこととなりました。

現在元主治医が勤めているのは、13年前に私に紹介してくれたクリニック。私の住む地域にも児童精神科はありますが、どこも初診患者を受け付けていない状況です。悩める子供が多いということでしょうか。

元主治医のいるクリニックに行くには電車に乗らなければなりませんでしたが、信頼を優先して、迷わず予約をしたのでした。

児童精神科の元主治医は、私のことなど覚えていなかった

私は元主治医に会えるのを楽しみにしていました。通院当時では想像もできなかった、仕事をして育児をしている今の私の姿を、主治医にも見てもらいたかったのです。「こんなに素敵な大人になっちゃって!」というような、「感動の再会」を期待していました。

ところがどっこい、私のことを何も覚えていないと言うのです。「昨日診た患者さんのことも忘れちゃうから……」ときまり悪そうに笑いながら。

この13年の間に数えきれないほどの患者さんを診ているでしょうから、来なくなった患者のことなど、いつまでも覚えていられないですよね。理解はできます。でも、寂しかった。

私といえば、体調を崩しがちだった冬、特に雲一つない空の日には、いつも元主治医を思い出していました。元気にしているかな、また会いたいな、今私が元気でいられるのは先生のおかげだよ、と。手紙でも出そうかと考えていたくらいです。

20歳のときに一度だけかかったそのクリニックの診療録には、今でも私の情報が残されていて、元主治医が大学病院で書いた紹介状もファイルに挟んでありました。「あぁ、本当だ。ここに僕の名前があるね。」。元主治医にとって過去の私は、記憶ではなく、記録でしかなかったわけです。

どこかのタイミングで「あのときのあの子か!」と思い出すことを期待して、子供の話をしながら当時の私の話も小出しにしました。でも、空を切るばかり。腹を括って、初めましてのつもりで話し始めました。

児童精神科の元主治医が元気そうでよかった

私の元主治医への想いが一方通行だったことがわかり、寂しいような、虚しいような気持ちになりました。だけど元主治医が今も元気で、あの頃と変わらずていねいな診療をしていることを確かめられて、よかったです。

老いを感じられたのも、ちょっと嬉しかったです。同じことを何度も聞くようになっていたんですよ。今年73歳ですからね。

これからもたくさんの子供たちと保護者を救ってほしいです。長女に関する困り事も、また聞いてもらいたいです。(結局長女は、今のところ何ともないとのこと。)

それはともかく、長女の困り事がなければ元主治医に会うことはなかったと思うので、長女に感謝ですね。