私のドラマ『大学講師』。

一体何周目でしょう。1993年のドラマ『高校教師』を観ました。
そして思い出しました。自分が『大学講師』というドラマのヒロインだったことを。

大学講師との出会い

あれは大学1年生のこと。

選択必修科目の講義を担当していた、30代前半の外部講師。
背が小さくて、眼鏡をかけていて、少し冴えない感じの先生だった。
そんな先生だから、講義中、ギャルたちは教室の後ろの方で駄弁に花を咲かせながら、お菓子を食べたり、ヘアアイロンで髪を巻いたりしていた。

騒がしくカオスな教室で、先生の声は、騒がしさの一部になっているだけだった。

私は元々その科目に興味を持っていた。
初回は適当に真ん中ぐらいの席に座ったが、周りがあまりにもうるさくて先生の話が全く聞こえないので、2回目以降は一番前の席に座るようにした。

講義は面白かった。
何が面白かったかは覚えていないが、面白いと思っていたことは覚えている。

同情

いつしか私は一番前の席で、先生の話に頷いたり、笑ったり、へぇ~という顔をしたりと、リアクションを取るようになった。

それは好意ではなく、同情だった。
いくら仕事とは言え、僻地に赴き、誰も聞いてくれない話をするのはどれだけ虚しいことだろう。

先生の話を聞いていると、胸が痛んだ。
同情すればするほど、話に聞き入った。

先生と話したいと思った。
先生がここへ来て良かったと思えるように。
ちゃんと話を聞いてくれる学生がいるということを知ってもらえるように。

私は講義が終わると、教壇まで駆け寄った。
先生が教室を出て行ってしまう前に、話しかけた。
講義の内容に絡めて、色々な質問をした。

友人たちも話に加わり、盛り上がった。
それが小さな恒例行事になっていった。
ただ事務的にそこにいるだけだった先生が、よく笑うようになった。
嬉しかった。

少しずつ縮まる距離

週に1回の講義が楽しみだった。
講義のない日にも、先生のことを考えた。
私は先生に、大きな関心を抱くようになっていた。

あるとき、Facebookで先生を見つけた。
学歴、住んでいる所、出身地など……先生について知りたいことが、たくさんあった。

すかさず友達追加リクエストを送った。
「〇〇大学の〇〇です」というメッセージをつけて。
教室でよく話しているとはいえ、私の名前まではわからないかも……と思って。

私と先生は、その日のうちにFacebookで友達になった。
メッセージへの返事も来た。
「わかりますよ。いつも一番前で聞いてくれていますよね。」

先生は私のことを認識してくれていた。
翌日、一件を友人たちに報告した。
そして友人たちもこぞって友達追加リクエストを送り、許可してもらった。

いつの間にか、先生を含むグループチャットができていた。

先生の結婚と喪失感

ある日、先生のFacebookに結婚式の写真が上げられていた。
先生が投稿したのではなく、誰かが先生がタグ付けをしたものだった。

そこにはタキシードを着た先生が写っていた。
隣には満面の笑みの、ウエディングドレスを着た女性がいた。
先生、結婚したんだ。彼女いたんだ。

私は学ぶ人、先生は教える人。
どれほど仲良くなったとて、それ以上でも以下でもない。
それなのに、なんだか寂しくなった。

先生のこと、好きかと聞かれれば好きだけど、どの類の好きなのか、自分でもよくわからなかった。
でも確実に、私は先生を意識していた。もっと仲良くなりたいと思っていた。
そして、そう思う気持ちは燃え上がらせてはいけないことをわかっていた。私はただの学生だから。

ちょっとした喪失感みたいなものに駆られながらも、先陣を切って先生にグループチャットでメッセージを送った。
「ご結婚おめでとうございます!お幸せに!」
みんなも続けて祝いの言葉を送った。

私は本当は、全然おめでとうなどと思っていなかった。

多分私は、寂しさを誤魔化したかったのだと思う。
そして、自分の気持ちを鎮めたかったのだと思う。
現実を直視することで、それに適応しようとすることで、自分の気持ちをなかったことにしたかったのだと思う。

最後の言葉

試験日がやって来た。
試験が終われば、先生と顔を合わせることはなくなる。
私は満点を目指してたくさん勉強した。満点を取れば、先生は私を忘れないでいてくれそうな気がしたから。

先生のいる教室で、初めて一番後ろの席に座った。
見回りに来た先生が、私の斜め後ろで立ち止まった。私の解答用紙を眺めている。
満点取れるかな。この試験が終わったら先生とさよならなんだな。
気持ちがぐちゃぐちゃしていた。早く立ち去ってほしかった。

試験が終わって廊下に出た。
友人たちに先に食堂に行くように言って、私は一人、先生が出てくるのを待った。
最後の最後に何と声を掛けようか、待ちながらたくさん考えた。

先生が教室から出てきた。
試験の内容についてあーでもないこーでもないと言っている学生たちをかき分け、先生を追いかけた。

「先生!」
私の声に立ち止まって、先生は振り向いた。

「おぉ、お疲れ様!」
「先生、ありがとうございました。お元気で。また。」

これしか言えなかった。
考えて考えて考えた結果、これしか言えなかった。

寂しいやら切ないやら何やらで、目の前にいる先生に気を向けられなかった。今すぐその場からいなくなりたかった。
だからその後先生が何と言ったのか、さっぱり覚えていない。

試験の結果は、満点だった。

再会

1年後、私は不慮の事故で大学を休学した。
休学中に、車の運転免許を取りに行った。

久しぶりに先生に連絡をした。なぜだかわからないが、先生に免許を取ろうとしていることを聞いてほしかったのだ。

その頃先生は、遠い所に住まいを移していた。
だけど学会のために一時的に戻ってくると言う。
そのとき一緒に飲まないか、と誘われた。まるで夢を見ているようだった。

1年ぶりに先生に会った。私の地元まで来てくれた。
生まれて初めての馬刺しは、先生と一緒に食べた。
先生もお酒が強くて、楽しかった。

自分自身のことはもちろん、友人たちのその後とか、人生のこととか、色々話した。
先生も話してくれた。新婚生活は全くうまくいっておらず、別居しているとのことだった。

なぜ「新婚生活、最高だよ!」という話をしないんだよ。
一度鎮火した寂しさが、また燻ろうとしているのを感じた。

2軒ハシゴした。そろそろお開きだ。
先生は駅近くのビジネスホテルを予約していた。
私はタクシー代をケチるために、家まで30分歩くことにした。
だけど先生は「一人では危ないから」と、家の前まで一緒に歩いてくれた。歩いている間も色々な話をした。
今考えると、なぜ2人でタクシーに乗らなかったのかわからない。話し足りなくて歩くことにしたんだっけ。

30分の道のりはあっという間だった。
「じゃあ、おやすみ」と言って、先生は踵を返した。

先生が角を曲がるのを、門の前に立って見送った。
先生は一度も振り向かなかった。

アルコールは歩いている間に抜けていた。
残ったのは、寂しさだけだった。

静かに門扉を開けた。

突き動かされる衝動

それから1年後。
私は大学に復帰していた。
それなりに心配してくれていた先生に、復帰したことを伝えた。

先生の近況も教えてもらった。
今度はもっともっと遠い所に住んでいるという。
そしてそこにはまたもや奥さんはいない。

1年前に飲んだとき、「何のために結婚したのかわからない」と言っていたけれど、全くそうだと思った。
先生も奥さんもバカじゃないかと思った。憤りすら感じた。

先生に会いたくなった。無性に会いたくなった。

先生の住んでいる所を案内してもらう、という名目で、飛行機のチケットを取った。

この頃には自分でちゃんとわかっていた。私が先生を、男性として好きでいることを。

一緒にいるのに孤独な旅

片道1時間と少しの空の旅。初めて訪れる場所。
それなのにワクワク感はちっともなかった。

先生が空港まで車で迎えに来てくれた。
嬉しさと後ろめたさと一緒に、助手席に乗った。

先生と観光地を巡った。
食べ歩きをしたり、綺麗な景色を眺めたりした。ご当地グルメを食べ、締めにバーにも行った。
本当にあちこち連れて行ってもらった。

だけど、全然楽しくなかった。
先生が意識してしまったからだ。私が先生を、男性として好きでいることを。飛行機のチケットを取ったその日から。

バリアを張られているのが、嫌悪されているのが、ひしひしと伝わってきた。
バリアの向こうにいる先生とは、何の共有もできなかった。
食べ物の美味しさも、景色の美しさも、すべて一人で消化しなければならなかった。

ただ私は、先生とどうこうなりたいなど思っていなかった。
先生と楽しく過ごしたいだけだった。楽しい思い出が欲しいだけだった。
本当にそれだけだったのに、拒絶されて、何も叶わなくて、ムカついた。

一人、ビジネスホテルに帰った。
虚しくて、虚しくて、たくさん泣いた。

味の無い最後の食事

翌日、空港へ向かう前に、先生とご飯を食べた。これが先生との最後の食事となる。

何の味もしなかった。
それなのに不思議なことに、何を食べたのか鮮明に覚えている。

先生は駅まで送ってくれた。
嫌悪する人間をわざわざ駅まで送ってくれたのは、先生が大人だったからだろう。

改札前。
「良い男はいっぱいいるよ。」

私は何も言っていない。何も言っていない。
余計なお世話だ。すごく腹が立った。

「そうでしょうね。どうぞお元気で。」
精一杯の怒りの表明だった。

スーツケースをガラガラと引いて、足早に改札を通った。
私は一度も振り向かなかった。

あの時の先生の気持ち

あのときの先生は、きっと私に興味を持ってくれていたと思う。
無邪気で、そのままで。子供かと思えば、母性をも感じられて。どこか掴みどころがなくて。(すべて先生から言われたこと。)
「この子は一体何者なんだろう」という意味も含めて、興味を持っていたと思う。

意味を見出せない結婚生活の中、私は先生の刺激となっていただろう。

だけど私は、あまりにも幼すぎた。先生と関わるには。

既婚者に手を出してはいけない。
でも、会うくらい良いでしょ?と本気で思っていた。
会いたい人に会うことの何が悪いの?と。

理性で動く先生に、本能で動く私が嫌悪されるのは、当然のことだった。
飲みに行くのも、飛行機に乗って会いに行くのも、控えるべきだった。

そうすれば私は、「あの大学で、いつも一番前の席で講義を聞いてくれた、試験で満点を取った、謎めいたあの子」として記憶してもらえただろうに。

愚かだった。

バッドエンドなドラマ

『大学講師』という、バッドエンドなドラマを紹介しました。
現実のドラマなんて、いや、私のドラマなんて、こんなものでしょう。

それにしても『高校教師』は、観る度に新たな感想が生まれるドラマですね。
それだけ奥が深い、ということなのでしょう。

少なくとも2年に1回は観たいです。